エッセイ参考作

『十年、一勝負』

今、夢を追いかけている人。その夢を目指して何年目ですか。
十年、一つの事をやり続けて、それで何も残らない事はない。
夢が絶対叶うとは言わないが、なんの財産(心の財産、友人など)も残らない事はありえない。
なぜ、十年か。
三年や五年では、時代も変わってないし、自分の年代も変わらない。
三十歳を跨ぐ、あるいは、四十歳を跨がないと、人生は変わらない。そして自分が分からない。
時代の変化も重要だ。
今、あなたが見ている夢は、今の時代では実現が難しいかもしれないし、お金にもならないかもしれない。
しかし、次の時代ではどうなっているか分からないのだ。
十年、一つの事をやり続けたら、あなたの周りには知らず知らずのうちに、あなたの夢を助けてくれる人、応援してくれる人が集まってくる。
その人たちは、あなたの夢が叶うと、共に喜んでくれるし、叶わなければ、次のステップのための手助けをしてくれる。
あなたが、よほど捻くれ者、あるいは卑屈な性格でない限り、十年、頑張ってきた人間を見捨てる人はいない。
だから、私は常に友人たちに言ってきた。
「まだ、三年じゃないか。もう少し、頑張ってみろよ」と。
友人の親から、「うちの子に余計な事を言わないでください」と、嫌悪感、剥き出しに言われた事もあった。
私が、「夢を捨てるな」と言って、その夢にしがみついている女の子もいる。彼女は苦労している。
人生において、安定がもし最善なら、私は間違った生き方を周囲に進言していることになる。
だが、夢を捨てた人間の末路はどうか。
愚痴ばかりの人生。夢を掴んだ人間に対する僻み。最悪は自殺。
素敵な笑顔が作れないではないか。
だったら、十年頑張ってほしい。
先にも言ったが、十年頑張れば、必ずしも夢が叶うわけではないが、夢の欠片は掴めるし、何か残るものがあるはずなのだ。
しかし、途中で止めると、何も残らない。中途半端という自己嫌悪だけが残る。

十年の間、横道に逸れてはいけない。さぼってもいけない。
十年間、一つの事をやり続ける。その努力は、それをしていない人間に決して負けない。
私は二十歳の頃に作家を目指して上京し、十三年かけてようやく競馬の本を出したが、もし、私がそういう人間ではなく、社会を舐めているようなこんなタイプだったらどうだったか。
「去年サラリーマンを辞めて、作家になろうと思ってるんです。競馬も最近始めたら面白かったから、競馬の本を書いてみた。なんとか本にしてもらえませんか」という感じだ。それを編集者が採用するだろうか。
一部の天才的な人間は、こういうデビューをしているらしいが、普通は無理だと思う。
私はこうだった。「競馬を十年以上見てきました。二十歳の頃から作家になりたくてバイトで生活していた。本を出すのが夢です」
そこを相手は見る。
「十年」という重みのある言葉を相手は見る。「夢」という言葉に共感する。
昨日、見た夢ではない。十年以上、見続けた夢なのだ。それはとても強いと思う。
人を強くしていると思う。

十年頑張れば神様が助けてくれる、という言葉があるらしい。
助けてくれるのは、出会った人間なのだ。
夢を見始めて、三年の人、五年の人。まだまだです。
人生、八十年。あきらめるのはまだ早い。
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