エッセイ参考作

『最後の一滴』

大河の一滴ではない。最後の一滴である(笑)。

僕には食事の時にする嫌な癖がある。コップやペットボトルに残った僅かな液体を必死になって飲もうとする癖である。
つまり、最後の一滴を頑張って飲もうとするのだ。
実はこの癖は、子供の頃からのものではない。
三十歳の頃に、急性腸炎で入院した。過労で腸が止まってしまったのだ。
その時に、僕の隣に入院していたおじさんの口癖が、「その最後の一滴が効くんだよ」だった。
点滴のことである。
点滴が終わると、ナースコールをするのだが、僕はそれがいつも早いらしく、おじさんが言うには、まだ少し点滴の液体が残っているらしいのだ。
そこで僕に、
「最後の一滴がよく効くんだ」
と注意するのである。
おじさんは、高血圧と腸の病気で入院していた。癌だったかどうかは分からないが、血圧を安定させてから、手術をすると言っていた。
なのに、ベッドの下に鮭フレークを隠していて、看護婦の目を盗んでは、それをご飯に振りかけて食べていた。
それで血圧が上がると、「やべえ」と言って、薬を飲むのである。
僕の友人で痛風で苦しんでいる男がいるが、彼も食事療法するつもりがまったくなく、痛風に悪いものばかり食べている。
結局、偏食で病気になる人は、その食べ物の中毒なんだな。
僕は大した病気ではないから、10日ほどで退院。
それから半年くらいして、町で偶然、そのおじさんと会った。
「よう、元気か。俺も腹をばっさり切ってなんとか生きてるよ」
おじさんはそう言って、笑った。元気そうに見えた。

リポビタンDやポカリスエットのビンの底に、僅かに液体が残っていると、僕はそれを懸命に吸い取ろうとする。
そして、そのおじさんの言葉を思い出す。
「栄養剤は最後の一滴が効くんだ」
おじさんは、まだ生きているだろうか。
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