エッセイ参考作

『背徳』

私にとって、背徳を犯す事は、生きるための希望のようなものだ。いや、老いないための希望か。
背徳を犯す事。それは他者(全体主義)とは違う行動にうってでる事であり、それを出来る男は、その時点で一個人なのである。
私は、私であるために背徳を犯しただけであり、魂にはなんの汚れもなく、愛も汚れず、ただ、エネルギーを得ただけだった。
破滅には未来はない。
しかし、破滅願望には快楽が潜んでいる。
その快楽を引き出すために、背徳に耽る。

背徳を犯してよい者は希望のある者だ。
背徳を犯してよい者は優しい者だ。
背徳を犯してよい者は選ばれた者だけである。

多くの遊び人や堕落している人間たちは、選ばれてもいないのに、背徳を繰り返し、なんの思量もなく、愛も知らない。街はそれで汚れていく。
希望を持った人間にだけ与えられる特権であれば、街は輝き、喧騒も起こらない。
堕落した男たちが女を犯す国は、いずれ滅びる。
女は、希望のある男についていかなければならない。
女よ。おまえは、私についてくればいい。
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